きみのことが好きだよ

きみがぼくのこと知らなくても

今の僕ならもっとうまく向き合えるのに

1か月ぶりに動いてる自担を見た気がする。

毎日が走馬燈のよう、とは何かの歌詞だったか忘れてしまったけれど、本当にそうで。目が覚めて瞬きをしてもう1度目を閉じたら1日が終わっている。こたつで帰宅したままの格好で目が覚めて、慌ててシャワーを浴びて学校へ行く準備をして電車に飛び乗って、時には電車の中でもパソコンを開いているしスーツを着ている日もある。授業はだいたい15分は遅刻して出席するし、寝てることも多い。お昼休みはご飯を食べてすぐパソコンを開いて、また午後の授業に出てLINEで連絡を取り合って、学校が終わったら人と会ってるかバイトしてるか。日付の変わるぎりぎりに帰宅してLINEをしてメールのチェックをしたらこたつで寝転んで目をつぶったら朝。×5日。残りの2日は学校がない分昼間からスーツを着て栄に行って夜はバイトでまた夜は同じ。

大変そうだねとか頑張ってるねとか偉いねとか、そんなことが言われたくてやっているわけじゃない。し、この生活を毎日続けているんだから褒められたものではない。親にも怒られるし、周りにいる人にも普通の大学生以上を求められるから厳しいことを言われる。当たり前だ。でも選んだのは私だ。

オタクなんて自分に余裕がなければやっていられないなと思う。それでもオタクをやりながらじゃなければこんな生活していられない。バイトと違ってお給料がもらえるわけじゃないし、ボランティアじゃないからすぐに社会の役に立つわけではない。なんのためにやってるかって私のためで、自己満足だけど、そんなことすぐに忘れてしまう。そんなときにホーム画面に設定している自担のくしゃっと笑う写真を見ると、私なんてただのオタクだ!と再認識できる。その辺に転がってるオタクでしかない。私は私のためにこの生活に身を投じているし、私のためにオタクをやっている。

久しぶりに紫耀くんが歌って踊って笑っているのを見たらどうしようもなく好きだなと思った。メドレーでキラキラ歌って踊る姿は本当にアイドルらしい完璧なアイドルですごくかわいいなぁと思ったし、ブログで適当な記憶力を発揮している紫耀くんは相変わらずで、交差点の紫耀くんは表現として歌とダンスを選んだ人そのもので。交差点、すごくよかった。まだ髪を染める前のLovelessとかは触れたら消えてしまいそうな儚さと少年特有の色気が滲んでいてすごく好きだったけど、交差点もそれに近いものを感じた。どんどん顔が、身体が大人になっていく紫耀くん。もうすぐそんなことも感じなくなるかもしれない。今の瞬間にしか生まれないパフォーマンスだった。どこかにいってしまいそうなのは、すこし不安になるけど彼の持つ不思議な魅力だなと思う。さみしい人。そう見える。そう見たいのだ、私が。

毎日がそんな感じで過ぎていくから雑誌も把握できてないしどこがどこの情報とつながってるのかも分からないし、カウコンも重複申し込みなるよってさっきお友達に教えてもらうまで知らなかったくらい情弱になってて。もう笑えないんだけど…自分の手元にあるジャニワのチケットくらいしか今はオタクやってる実感がない。初日を迎えてもきっとレポは追いきれないから、私の初日までこんな感じで忙しぶっていようと思う。

褒められたものではないし、なんでやってるのかって自分のためでしかなくて、私は私のためにしか生きることができない。毎日仕事(みたいなこと)に追われているし、毎日人間関係で悩んでるし、毎日ありえないほど頭を使っている。それでも全然追いつかない。自分を高めたいとか自分がどうなりたいとかそんなことはどうでもいいけど、それでも今がすごく楽しい。毎日生きてる感じがする。顔は死んでるけど。やることがあればあるだけ、自分の時間がなくなればなくなるほど、楽しい。合間の時間にツイッターしたり少クラ観たりして、何日か先の現場に想いを馳せてがんばろうと思って。そういう生活をしている今が楽しいし幸せだし、たぶん充実してる。それでも日々の生活の、例えばロック画面の中に紫耀くんがいることですごく救われていて。自分のためにやってるのに精神的にズタボロになるから笑。深く考えたりすることはできないけど、ふとした瞬間に好きだな、と思ったりかわいいな、と思うことがささやかに幸せ。紫耀くんのことが好きな私も、ずっと同時進行に存在しているから。

オタクとして紫耀くんに向き合うのならきっと2か月前のほうがうまくできていたけど、これだけ時間や精神に余裕がなくてもちょっとずつの好きとはうまく向き合えてる気がする。俗にいうゆるいファンとはまた違うけど、こんな好きの質量でも許してね。ジャニワ楽しみにしてます。

 

Title:交差点/中山優馬