きみのことが好きだよ

きみがぼくのこと知らなくても

すべてのことには理由があるってことだよ

恋愛はゴルフに似ている。初めは力いっぱいボールを飛ばしてゴールへの距離を詰めるのに、ゴールが近づくと少しずつ慎重にボールを転がして穴に入れなければいけない。ゴールの穴から離れたらまたやり直し。そうして距離を詰めていく。

 

理屈抜きで恋をしろ、という方が難しい。一目惚れでもないかぎり。少しずつ相手を知っていくなかでこういうところが好きだとか、いいところだとかを見つけて、ちょっとずつちょっとずつ好きを募らせていく。そうしていたら私の気持ちが恋なのかそうでないのか分からなくなってしまった。人として好きなだけじゃないのか、恋愛感情をもつ必要なんてないのではないか、そんなことばかり考えている。

 

他人というのは無責任なもので、友情と恋愛の違いなんていうどこかのアイドルが歌っていたような話を振っても回答は千差万別で適当だ。手を繋ぎたいと思ったら恋愛。理由のない好きなら恋愛。そのくせ男女間の恋愛は成立するのか?と尋ねると決まってNOと答える。ならこの曖昧な、友情でも恋愛でもビジネスライクでもない関係はなんだろう。

 

彼氏にしたいと彼女になりたいは同じ恋愛関係を望んでいるという意味なのに捉え方が違うなと思った。彼氏にしたいから溢れる所有物感。相手は別に装飾品ではない。彼女になりたいから溢れるヒロイン感。私は別にお姫様になりたいわけではない。ただ一番近い場所にいるために恋愛関係になる必要があるなら私はその選択肢を選ぶしかない。それだけ。一緒にご飯を食べに行きたいし、夜が明けるまでくだらない電話をしていたい。恋人でなければ許されないならばその関係を選ぶしかないのだ。特別な関係でなければ許されないのであれば。それでもワガママは尽きないもので、私じゃない誰かとそんな関係になるくらいなら私を恋人にして傍に置いておいてほしいと思っている。自分でも意味が分からない。

 

自担のことは理屈抜きで好きだ。昨日ジャニーズワールドを観た。出てきた瞬間からもう好きだと思った。ジャニワは何度も見ているしそうでなくても1日に何度も見る顔なのに。どれだけ舞台上でふざけていることに失望しても、ひとたび彼が躍り出せばそんなことはどうでもいいなとすら思える。顔が好き、声が好き、身体が好き、表情が好き。でも1番好きなのは表現だと思う。彼がする表現が好きだ。芯は力強いのに与える印象は柔らかくて優しい。本当に彼自身そのものが表現にも表れているなと思う。それが好きでたまらなくて、私はずっと彼しか見れていない。でもそんな表現がどうなんてことは理屈でしかなくて、そんなこねまわしたものなんてなくてももう私は彼が、紫耀くんが好きだと思う。呼吸するように当たり前に。好きでいることが当たり前なのだ。

 

紫耀くんに向ける好きはあくまで私の一方通行でしかなくて、永遠に向こうが返してくれることもなければ受け止めることもなく、私はその関係が心地よくて今もこうしているのだけれど、現実的ではない。頭でっかちになって理屈をこねてしまうのは私の悪い癖だ。きっとそんなこと考える必要がなければとっくに私は恋をしている。認めている。自分の中の感情がなんなのか、理由なしにラベルを貼ることができないから誰かに貼ってほしいと思うんだろう。それは恋ですよ、なんて明言してくれる医者みたいな人がいればいいのに。恋愛関係になる必要を感じないから感情を恋だと認めないなんて卵が先か鶏が先かみたいな話でしかない。

 

理由をつけなくてもいいなら恋をしている。

 

Title:あらかじめ語られるロマンス/乃木坂46